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日 時 |
日降雪量の記録
一時はどうなるかと思った雪も矢張り3月に入ると小康状態となりホット安心しました、白い雪が黒く見える程の猛烈な降雪時には身も心も震える思いでした。
一日に降る雪にどんな記録があるか調べてみました。
現在の雪の観測は自動で観測する積雪深計があるため日界は0時から24時までの記録が可能ですが昔は観測者が積雪柱と降雪板で実際物差しで観測(実測と言う)していました、観測時は9.15.21.時の3回で、このため21時から翌日3時までの観測が無いため日界は前日の21時から翌日の21時までの3回観測の...
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2012/03/18 11:17 |
続「闘雪」の記録を見て(6)
鈴木牧之が記した北越雪譜に下記の文があり雪国の苦しみを書かれています。
=左伝(注参照)に平地尺に充つるを大雪となすと見えたるはその国暖地なり。
唐の韓愈が雪を豊年の嘉瑞といいしも暖国の論なり、雪一尺以下ならば山川草木村里たちどころ銀世界をなし、雪の飄々翩々たるを観て花に喩え玉に比べ勝望美景を愛し、酒色音律の楽しみを添え、書に写し詞につらねて称翫するは和漢古今の通例なれども、是雪の浅き国の楽しみなり。雪国の人これを聞きて羨まざるなし。我越後のごとく年毎に幾丈の雪を観れば何の楽しき事あら...
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2012/02/26 10:39 |
「闘雪」の記録を見て(5)
「闘雪」の記録は高田測候所の職員が大雪の中で記録したもので今から見れば劣悪な環境の中で良く頑張ったものだと痛感します。当時は戦時中によく言われた「測候精神」のスローガンのもとで「勝つまで」を合言葉で克服したものです。
昭和59年から61年のいわゆる3年連続豪雪とか昭和2年の大雪は確かに大変な記録ではありますが同じ大雪の苦労としてはこの昭和20年の大雪の比では無いのではないかと思います。
昭和2年は当時、高田に軍隊(歩兵第十五旅団.歩兵五十八連隊.独立山砲隊)がありこれが出動しまた市内...
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2012/02/25 11:23 |
闘雪の記録(4)
殊に二月中旬以后になると屋上の積雪は一様ではなく、吹き溜まりや日射で肩荷重が大きくそれに加えて雨が含まれる為に柱は傾き梁やタル木はねじれ且つゆるんでいく。
積雪地の戸障子が一様に隙間があるのはこの為である。こうした雪も二月の下旬に入ると次第に弱まり、稀には一日中太陽を拝める日も出てくる。然し道路は勿論高く積み上げられた雪は建物の周囲を固く包んでいる。
雪中唯一の機関であるソリ道も屋根から卸した雪や日射のために凹凸がひどく、為に市内の道路は一斉に除雪しなければならない。
自然融雪が...
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2012/02/20 14:16 |
闘雪の記録(3)
四方の窓は閉ざされ昼夜の区別がつかない。道路も屋根も白一色におおわれ梁や木の軋む音が家中に響き渡る、降雪前に購い入れた野菜や薪炭も既に残り少なく、何時かは皆無となる時を思いながら、何時止むとも知れない雪堀の為に人々は屋根に上がって行くのである。
日毎夜毎降り続いて止む事を知らない雪を見て、主人主婦はもとより老人子供に至るまで、只自然の猛威におそれおののき不安な毎日を過ごすのである。
この頃になると二階の窓が通用口になることは珍しくなくなる。そして一階は地下室に変ずるのである。暗さと云い...
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2012/02/18 14:37 |
闘雪の記録(2)
原文のまま(闘雪の抜粋で表.写真を除く)
そして亦其処に待っているものは腰まで埋まる雪道と列車の大遅延そして立ち往生である。
心を職場に馳せつつ、何時間も時には半日も冷たく寒い停車場で列車の来るのを待っていなければならないのである。家庭に残った者は慣れない手にシャベルやコスキを持って入り口の除雪から窓の明かりとりの為に短い冬の一日を徒労と空腹の中に過ごすのである。
屋根の雪はなんとしようもない、除雪人夫は来てくれない、高額な人夫賃の支払いや物のもてなしの出来ないない小市民、就中労働者は...
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2012/02/17 13:33 |
闘雪の記録(1)
昭和20年に当地を襲った大雪(山岳観測所を除く気象象官署最深積雪の第一位)は戦時中の時でもあり若い男子は兵隊に女子は挺身隊として軍需工場に動員され残っているのは老人や子供それに体の不自由な人達ばかりの時にこの大雪が降ったのです、377cmは当時人口3万人以上の都市としては世界一の記録で想像を絶するものでした。
気象観測資料は戦時中のため敵に利用される恐れがあるとの理由で情報公開の発表(新聞ラジオ)は軍部からの禁止命令で高田測候所としてもこのような大雪でも一切情報を出すことは出来ませんでした...
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2012/02/12 14:13 |